1.5%の算数 ── あなたを切るのはVisaではない
2026年4月1日、Visaの加盟店監視制度VAMP(Visa Acquirer Monitoring Program。アクワイアラ=加盟店を審査・管理するカード会社側の金融機関を通じて加盟店を監視する仕組み)の「過剰」判定の閾値が、2.2%から1.5%に引き下げられました(当観測所レコード: PRL-2026-002)。
「1.5%」という数字だけが独り歩きしています。今日はこの算数を最後まで割ってみます。割り切ると、意外な結論に着きます——ほとんどの中小事業者は、Visaの視界にすら入っていない。それでも切られる。切るのは別の計算です。
1. 分子と分母——何を数えているのか
VAMP比率の式はこうです。
VAMP比率 = (不正報告TC40の件数 + 非不正の紛争TC15の件数) ÷ 決済完了取引の件数
- TC40 = カード不在取引の不正報告(「カードを勝手に使われた」)。TC15 = それ以外の紛争(「商品が届かない」等、条件コード11・12・13)
- 金額ではなく件数で数えます。100円の紛争も10万円の紛争も等しく1件
- 同じ1取引が不正報告と紛争の両方に数えられ、二重カウントになりうる構造です
- 閾値超過が続くと監視プログラムに登録され、紛争・不正1件あたり8ドルの手数料が課されます。ローリング12ヶ月内の初回超過には3ヶ月の猶予期間があります
なお、この閾値には迷走の歴史があります。当初は「2026年1月に0.9%へ引き下げ」と告知され、その後撤回されて「2026年4月に1.5%」に落ち着きました。古い解説記事には0.9%の数字が今も残っています。ルールそのものが1年で何度も書き換わる——これがネットワークルールを定点観測する理由です。
2. 見落とされている「最小件数」の壁
ここからが本題です。加盟店がVAMPの「過剰」判定を受けるには、比率1.5%超だけでは足りません。不正+紛争の合計が月1,500件以上という最小件数の条件があります(この件数に満たない加盟店は、Visaの直接の監視対象になりません)。
両方の条件を満たすのに必要な規模を逆算してみます。
| 月間決済件数 | 1.5%にあたる紛争件数 | Visaの「過剰」判定に必要な紛争件数 |
|---|---|---|
| 1万件 | 150件 | 1,500件(=比率15%。事実上ありえない) |
| 5万件 | 750件 | 1,500件(=比率3%) |
| 10万件 | 1,500件 | 1,500件(ここが分岐点) |
| 30万件 | 4,500件 | 4,500件 |
つまり、月10万件未満の決済しかない事業者は、比率が1.5%を超えてもVisaの正式な監視対象には入らない計算になります。日本の中小プラットフォームの大半はここに該当するはずです。
「では安心か」。違います。ここからが実務の話です。
3. 本当の死のライン——アクワイアラの0.5%
VAMPの「A」はアクワイアラです。この制度の本質は、加盟店の直接監視ではなく、アクワイアラに自分のポートフォリオ(抱えている全加盟店の合計)を管理させる仕組みへの転換にあります。アクワイアラ自身の閾値は加盟店よりはるかに厳しく、ポートフォリオ全体で0.5%(要改善)・0.7%(過剰)です。
アクワイアラの立場で計算してみてください。自社の全加盟店の合計紛争率を0.5%未満に保たなければならない。ならば、紛争率の高い加盟店を抱え続けることは、その加盟店が個別にVisaへ違反していなくても、自社のポートフォリオを汚染する負債です。答えは決まっています。切る。あるいは、Visaの基準より厳しい独自の内規を課す。実際、アクワイアラや決済代行が自社基準で加盟店に制限をかける動きは、複数の業界解説で指摘されています。
第1弾の記事で「切られるのは悪いことをしたからではなく、割に合わなくなったから」と書きました。VAMPはこの計算の変数を明文化した制度です。あなたを切るのはVisaではない。あなたの紛争率が、アクワイアラの0.5%の中で占める場所です。
4. 実務者の視点——見えない分子
私の見方を2つ言います。
第一に、ほとんどの事業者は自分の分子を知りません。 自社の紛争率を日常的に把握している事業者は少数で、実態は「決済代行から警告が来て、初めて自分の数字を知る」です。VAMPは月次で機械的に判定されるのに、判定される側は自分のメーターを見ていない。この非対称が、停止が「ある日突然」に見える正体の一つです。
第二に、高リスク業種の紛争は、努力では大きく減りません。 断定します。世の中には「チャージバック削減のコツ」が溢れていますが、どんな対策をしても紛争が構造的に発生してしまう業種だからこそ「高リスク」と呼ばれるのです。削減Tipsの多くは、低リスク業種が読めば効く話を、高リスク業種に売っているにすぎません。
では打つ手なしか。そうではなく、見るべき場所が違います。
5. 減らせない。だが「数えられ方」は変わる
VAMPの分子には公式の除外規定があります。紛争になる前の段階で解決された非不正紛争(RDR等の事前解決プログラム経由)は、比率の計算から除外されます。不正報告(TC40)側も、一定の証拠要件(CE3.0)を満たせば除外対象です(いずれもデータ抽出のタイミングに依存する条件付き)。
つまりこの制度は、「紛争を減らせ」ではなく「紛争を正式なチャージバックになる前に処理する経路に乗せろ」と設計されている。発生を止められない高リスク事業者にとって、実務の焦点は削減努力ではなく、①自分の数字を警告前に見る手段を持つこと、②事前解決の経路が自分の決済代行で使えるかを確認すること、の2点です。これは精神論ではなく、分子の定義の問題です。
※誤解のないように: これはVisa自身が用意した公式制度の解説であり、審査や監視をすり抜ける話ではありません。当観測所はその種の手法を扱いません。
6. 予報との接続
当観測所の予報第1号(F-2026-001)は「半年以内に国内高リスク加盟店の解約ラッシュ第2波が来る(確度: 中)」でした。本稿の算数はその根拠の中核です。閾値1.5%への引き下げと、アクワイアラ側0.5%の先行施行(2026年1月)の組み合わせは、アクワイアラに「ポートフォリオの掃除」を促す構造になっている。掃除される側に通知が来るのは、たいてい掃除が決まった後です。
この予報の当落は、予報台帳で四半期ごとに答え合わせします。外れたら、外れたと書きます。それまでの間にできることは、本稿に書いたとおりです——自分のメーターを見ること。
出典
- Visa「Visa Acquirer Monitoring Program Overview(fact sheet)」── 比率定義/最小件数≥1,500(AP・カナダ・EU・US。本文表および脚注4)/アクワイアラ閾値50bps・70bps/2026年4月1日の150bps引き下げ(脚注5)/事前解決・CE3.0除外 原文PDF/魚拓
- MRC(Merchant Risk Council)「Stricter VAMP Ratio Thresholds Are Now in Effect」── 2026年4月の閾値施行/8ドル手数料/3ヶ月猶予 原文/魚拓
- Justt「Visa VAMP Threshold April 2026」── 閾値変更の経緯 原文/魚拓
- Forter「Visa's Updated VAMP Program」── 制度統合・二重カウント構造 原文(魚拓は2026-08-06時点で取得不能——Wayback保存がHTTP 523で失敗・archive.today未収録。内容は上記Visa公式・下記各解説で重複裏付け)
- Trust Payments「VAMP Merchant Guidance」── 旧・最小件数1,000件の表記が残る2025年時点解説の例(本文§1「古い解説記事」の実例) 原文/魚拓
- Sardine「The new Visa dispute rules: VAMP and enumeration attacks」── 0.9%告知→撤回の経緯・列挙攻撃側の基準 原文/魚拓
当観測所関連レコード: PRL-2026-002(トラッカー)/F-2026-001(予報台帳)/記事第1弾「アクワイアラの計算」
本稿は実務知見(柱3)であり、K所長名義の意見を含みます。事実と意見の区別は本文の記載に従います。